【高橋英樹】居酒屋甲子園というビックイベントを創業したスゴい人!

高橋英樹

今や、5,000名以上の観客を集める居酒屋甲子園。
2006年の第1回大会には236店舗が参加。
なんと、2010年は、全国の居酒屋から1,129店舗が参加し、予選を勝ち上がった6店舗が
5,000名の観客の前で熱いメッセージを伝え、感動の大会になりました。
この居酒屋甲子園の大事な第一回をすべて仕切り、トップリーダーとして組織をまとめ上げた男がいる。
日本を変えるイベントとは?
さあ・・・居酒屋甲子園初代理事長 高橋英樹様の登場です!

「ジャンケンに、負けていたから・・・」
幼い頃、ずっとヤンチャをしていた。
地元にいられなくなり、15歳にして地元福岡から出た。
しかし、リーゼントで真っ赤な髪の僕を雇ってくれる会社など皆無。
悪友と人のつてで名古屋まで来たけど仕事がない。
最後の一万円・・・
友人とジャンケンをした。
勝ったら、九州方面。負けたら、東京方面。
僕は、勝って、九州方面の電車に飛び乗った。途中、大阪で降りて、職安を廻る日々。
しかし、明らかにヤンキーな風貌の僕を雇い入れてくれる会社など大阪にもない。
と、思っていたら、一社だけ、僕を受け入れてくれたのだ!
それが、今の会社の創業者。
ここでの毎日はまさに修行の日々で、素人だった私は3年のうちに和食の料理人の仲間入りを果たした。
この経験を糧に私は広島で居酒屋を始めた。最初は、すべて手作り。完全に、ど素人集団。
僕は居酒屋という商売にどっぷりハマった。
そんな時、ある男との出逢い。特に興味を示さず会おうとしない僕。その男は、僕に会う為にといきなり、大阪まで来た。東京から・・・
その男こそ、居酒屋てっぺんの大嶋啓介だ。
大いに語り合った。居酒屋と日本の未来。
そこで生まれた構想こそ、今の居酒屋甲子園。
最初は周りも協力してくれた。でもあまりに僕らが夢を語りすぎて、1人減り、2人減り・・・気づけば、大嶋と僕達の4人だけ。
彼は泣いた。誰の目もはばからずおもいっきり泣いた。
僕の中で何かがはじけた。
“この男と、地獄の底まで一緒にやったろう!”
本気が周りを変えた。本気が協力者を増やした。2006年、居酒屋甲子園、始動。
今は、居酒屋甲子園は次の理事長に引き継いだ。
また、どんどん大きなことをやっていき、日本のため、若者のため、そして自分のために動きつづけたい。
あの日・・・
ジャンケンに負けた悪友とはあのジャンケン以来、会っていない。
アイツに再開したとき、誇れる男になっていたい!!

 

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