【河合 純一】全盲のパラリンピック競泳金メダリスト

河合 純一
1992年のバルセロナパラリンピックから2008年の北京パラリンピックまでの5大会の男子競泳部門に出場し、金メダル5個を含む21個ものメダルを獲得した超人。
パラリンピックの舞台に加え、中学校の教師としての活躍。
次々と夢を追いチャレンジ意欲に燃える男の登場だ。
さあ・・・日本パラリピアンズ協会会長 河合純一様の登場です!

「夢追いかけて」
私の経歴を見るとわりと、うまくいっているように思われることが多いようです。
でも、実はそんなこともなくて、うまくいかないこともたくさんあります。
いつも最高と最低を想定しておいて心にゆとりを持つようにしています。そうすると殆どのことは対応できる自分がいます。全ては自己責任と自己決断の連続。
悩みは、成長の種ですが、悩み続けるほど無意味なことはありませんね。すなわち、受け止めることが一番重要。
できる、できないを把握し、受け止めるということは一番の強みです。そもそも完璧な人はいない!
私は15歳で完全に失明しました。その過程は恐怖でいっぱいでしたし、絶望した時期もありました。しかし、悔やんでいても仕方がない。
ひとつひとつ楽しく生きなきゃもったいないと思い、状況を受け止めて、考え方を変えました。
そして小学生からやっていた水泳に打ち込み、5度のパラリンピック出場。
根底に流れているのは水泳が好きで泳ぎの中の問題解決をして速くなりたいという、好奇心と願望。
そして周囲との関わりにおける喜び。
オリンピック初出場のバルセロナの時は、自分のメダルって、自分が獲得して喜ぶ為と思っていて、
自分一人苦しい練習に絶えていると思っていました。
しかし、2回目のアトランタ五輪出場で金メダルを獲得し国民が喜んでくれるのをみると、苦しい練習なんてちっぽけなことだと思った。
多くの学びを得たパラリンピック。今はパラリピアンズ協会の組織で、パラリンピックや障害者スポーツの広い認知、次世代のアスリート育成などの活動もしています。
やはり最近も明るい話といえばスポーツの話題、国民はスポーツに救われている。
スポーツ文化の価値を高めて誰もが楽しめるように・・・
マイノリティ、社会的弱者の現場、今の教育現場を知っている当事者の私だからこそ見えるものがある!
その力を、次は日本を良くするために国会議員になって発揮していきたいと思います。

 

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