【高嶋 民仁】粗大ゴミの流通開拓をし続けるエコ戦士

高嶋 民仁
アメリカは必要なものしか置かない生活スタイル。
はたまた日本は一般的に1軒の家の中に入ってるものを出すと、4t車2台分にも相当するという。
電気自動車や風力発電も良いが、もっと身近にできることはある。できることから一歩一歩。
そんな活動を社業にしたことで存続の危機を脱した会社がある。
今日の男は先代から受け継いだ会社の危機を、思い切った発送転換で乗り切り、もっとも現代的なエコ会社へと変貌を遂げさせた三代目社長!
地球と仲良く生きる為のヒントがここにある!
さあ、 高嶋民仁様の登場です。

「粗大ゴミ流通開拓のエコ戦士として」
私は運送屋の3代目。低学年の時「お前なんて運送屋の子供だろ!」
自転車を川に投げられたり、職業差別のイジメ。悔しかったです。社員さんは見た目は怖いけど、心は優しい人ばかり。親父の時代は高度成長期で運送会社は右肩上がり、子供心に儲かってると思っていました。しかし、銀行に就職した私が社会人2年目の時、親父の会社の決算書を見せてもらったんです。バブル崩壊後、物凄く厳しい現実。危機感を感じました。
ある時、ゴミ清掃のボランティアをしていて自治体のゴミ対策に疑問を感じました。その後、ゴミの勉強をし、ゴミ問題は本当に根が深く、深刻である事を知りました。ひょんなことから運送業の業績は厳しいが、廃棄物収集(廃棄物=ゴミの収集)は業績が良いことに気がつき、粗大ゴミを運んだらBigビジネスになる!!お世話になった社員さんを助けられると思いました。私にはゴミ捨て場に置かれている粗大ゴミとリサイクルショップの商品が同じに見えたのです。銀行マンを辞めました。
粗大ゴミが流通できるマーケットを作りましょうと親父の会社の社員に伝えた時、
俺はゴミ屋に入ったんじゃない!運送会社に入ったんだ。
人の嫌がる仕事(ゴミの収集)が儲かる意味を知りました。
必死に3年半、結果、200坪の倉庫はゴミの山。大失敗。
心が折れそうになりました。それでも1日数本、依頼の電話。必要とされている成功する可能性はゼロではない。純粋な動機で始めたのに金儲けになっていた事に気づきました。
料金の見える化や回収した商品をその場でweb掲載するなど、未開拓の業界なだけに手探りでしたが、
お客様が興味を持って、気軽に利用できるためのスキームを進化させました。そして倉庫に眠っていたゴミは、ゴミではなくなり、飛ぶように売れ始めました。
ちゃんと必要とされるお客様に買っていただき、当初私が思い描いていたエコな循環が生まれました。
日本の街は綺麗だから、生活をしている人からみれば、現状が当たり前で問題が無いように見えてしまう・・・
有効活用できるゴミがたくさんあふれているのに変える事は、大変な事だからこそ些細な変化でもインパクトは大。
日本の粗大ゴミは年間 260万トン。粗大ゴミを流通できるマーケットを全国に広げて、より健全なゴミのインフラを確立していきます。

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