【中川 聖久】大胆、かつ独創的な花使い フラワーアーティスト界のカリスマ

中川 聖久

アメリカで受けた衝撃。
たった1回の経験がこの方の人生のすべてを変えた。そして、その方はその衝撃から人生の行動すべてを変えてしまった。
どうして、そこまで人は変えられるのか?
どうして、そこまで本気になれるのか?
さあ、Massa(中川聖久)様の登場です!

「熱中!!!!!」
熱中すること。
たとえば、女の子をとことん好きになってみることでもいい。
その子を幸せにするために一生懸命働こうかなという気持ちがわいてくるなんてカッコいいじゃないですか。要するに、なんでもいいんですよ。何かに熱中すれば、次がみえてくるんですよ。もともと人を喜ばせたり楽しませたりするのがスキだった僕。大学生の頃、お金を貯めて、いとこを訪ねてアメリカに行ったときお食事のときにお花を使った歓待を受けたんです。
歓迎の意をこめて用意されたウェルカムフラワーに感激した僕は、これだ!この道を極めたい!!と、強く思いました。当時、日本一と言われていたゴトウ花店でナンバーワンのフラワーアーティストになれれば、日本一のフラワーアーティストということを意味すると考え、これを目指そうと決意しました。
ここからの3年間は、もう必死の毎日です。まさに「熱中」。
花の知識、技術を掴もうと寝る間も惜しんで仕事と勉強に打ち込みましたね。
池坊、草月に通って学んでいたのもこの頃です。給与の大半は勉強費用に消えていきましたが、今となっては掛け替えのない財産です。大好きなお酒を一滴も飲まず、仕事帰りに同僚たちが飲みに行ったりする中、誘われても一度も行かなかった。
タバコだけは吸ってましたが。。。(笑)
仕事といってもはじめの3ヶ月間は、お掃除しかさせてもらえませんでしたが。
そうしているうちにウェディングの仕事を任されるチャンスをいただくんです。
今思えば与えられたことはお掃除にしても何でも、それはそれは無我夢中で取り組んでいましたね。
結構まじめだったのかな(笑)
その後、帝国ホテル内のお店を任されることになり、少なかったゴトウ花店のシェアを一気に
逆転させることができたんです。それからは次々と大事な仕事を任され
総理官邸のお花なんてのもやらせていただきましたよ。
2004年独立・・・
花と出会い、花を愛し花と真剣に向き合い、関わり続けていくうちにどうすれば花を生かせるかがみえてきた。気がついたら、一流どころからの仕事が次々と舞い込んでくるようになりました。
将来の夢ですか?
お金持ちになりたいとは思いません。
結局、僕は人を感動させることが大好きなんだと思いますね。(笑)
最後はバハマのナッソー辺りで小さい花屋をやりたいんです。
愛すべき人のそばで。

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